鹿児島地方裁判所 昭和58年(ワ)734号 判決 1985年10月29日
原告
小野田誠
小野田久美子
原告
有限会社オノダ
右代表者
小野田誠
右三名訴訟代理人
窪田雅信
被告
佐藤玲子
右訴訟代理人
渕ノ上忠義
主文
一 被告は
1 原告小野田誠に対し、別紙物件目録記載一の土地について、別紙登記目録記載一の登記の
2 原告小野田久美子に対し、同物件目録記載二の土地について、同登記目録記載二の登記の
3 原告有限会社オノダに対し、同物件目録記載三の土地について、同登記目録記載三の登記の
各抹消登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
主文と同旨の判決
二 被告
原告らの各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告小野田誠(以下「誠」という。)は別紙物件目録記載一の土地(以下「第一物件」という。)を、原告小野田久美子(以下「久美子」という。)は同物件目録記載二の土地(以下「第二物件」という。)を、原告有限会社オノダ(以下「オノダ」という。)は同物件目録記載三の建物(以下「第三物件」といい、第一ないし第三物件を合わせて「本件各物件」という。)をそれぞれ所有している。
2 ところが、なんらそのような登記原因がないのに、被告のために、第一物件について別紙登記目録記載一の登記(以下「一の登記」という。)が、第二物件について同登記目録記載二の登記(以下「二の登記」という。)が、第三物件については同登記目録記載三の登記(以下「三の登記」といい、一ないし三の登記を合わせて「本件各登記」という。)がそれぞれ経由されている。
3 よつて、原告らは被告に対し本件各登記の抹消登記手続を求める。
二 請求の原因事実に対する被告の答弁と抗弁
(答弁)
1 請求の原因1の事実のうち、本件各物件が原告らの各所有であつたことは認める。
2 同2の事実のうち、本件各物件について被告のために本件各登記が経由されていることは認める。
(抗弁)
1 被告の代理人である石原孝(以下「石原」という。)は、昭和五八年八月二七日、原告らの代理人である時村健一(以下「時村」という。)との間で、次のとおり(イ)、(ロ)の各契約を締結し、右各契約に基づき、本件各物件について本件各登記が経由された。
(イ) 被告は弁済期日を昭和五八年一〇月二五日として二〇〇〇万円を原告誠に貸し渡す(右契約締結日に右金員が交付された。)旨の消費貸借契約
(ロ) 右(イ)の被告の債権を担保するため
(a) 債務不履行があつたときは、被告が第一、第三物件の所有権を取得して被告の債権の満足をはかることができる旨の停止条件付代物弁済契約
(b) 被告が第二物件を二〇〇〇万円で買受けるか、原告久美子が昭和五八年八月三〇日から同年一二月二五日までに同金額で買戻すことができる旨の買戻特約付売買契約
2(一) その頃、被告は石原に、原告らは時村に右1の各契約(以下「本件各契約」という。)締結の代理権を授与した。
(二) 原告らが時村に本件各契約締結の代理権を授与したことがないとしても、原告らは、昭和五六年四月頃から不動産抵当ローン等の融資斡旋の事業を営んでいた時村に対し、本件各物件を担保に保険会社から長期融資を受ける趣旨の契約締結の代理権を授与していたものであるところ、時村はその権限を超えて本件各契約を締結したものであり、被告としては、時村が本件各物件に対して担保権設定登記をするのに必要な書類を持参していたので、時村が原告らから本件各契約締結の代理権を授与されていたものと信じたものであり、そのように信じたことにつき正当な理由があつた。
三 抗弁に対する原告らの答弁
1 抗弁1の事実は不知。
2 同2の事実は否認する。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求の原因1の事実のうち原告らが本件各物件を所有していたこと及び同2の事実は当事者間に争いがない。
二そこで被告の抗弁について判断する。
1 <証拠>を総合すると次の事実が認められ、証人松村正悟、同時村健一の各証言のうち右認定に副わない部分は信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 株式会社南九州住宅協会(以下「住宅協会」という。)は、時村が昭和五六年四月に設立し、鹿児島市新屋敷町一八番二号所在の花田ビル二階で、南日本信販株式会社や国内信販株式会社等と提携し、主として各種住宅ローン及び不動産抵当ローンの融資(信販会社の保証のもとに保険会社から融資を受ける形式のもの)斡旋の事業を営んでいたものであるところ、仕事の受注量の割に人件費等の経費が嵩み、慢性的に資金繰りに苦しみ、昭和五七年一〇月頃から客(ローンの借受人)のため預かり保管中の融資金を資金繰りに流用し、次の客の融資金で穴埋めするという自転車操業を繰り返していたが、昭和五八年七月頃には、そのことが信販会社の知るところとなつて客の融資金を受領できなくなり、高利の金融業者から融資を受け、支払いに充てるという最悪の状態になつていた。
(二) オノダは肩書地で和洋生菓子の製造販売業を営んでおり、事業資金として旭相互銀行城南支店から三五〇〇万円を借り入れていたが、銀行の事業資金融資は貸付期間が五年と比較的短期であるため、元利金として毎月約八〇万円という相当多額の金額を返済しなければならなかつたことから、貸付期間がもつと長期の、したがつて毎月の返済金額がより少額で済む融資をしてくれる融資先を探がしていた。
ところが、たまたまオノダの取締役・小野田常男(以下「常男」という。)は、昭和五八年八月中旬、住宅協会が南日本新聞紙上に、年利八・九四パーセントから九・九六パーセント、資金使途は自由、返済期間二〇年とする不動産抵当ローンを斡旋する旨を広告しているのに目を留め、若し広告のとおりであれば、毎月の返済金額が銀行に比べてかなり少なくなるものと考え、融資条件等について具体的に問い合わせてみることにして、同月二五日の夕刻住宅協会の事務所に赴いた。その時応待に出た住宅協会従業員である松崎正悟(以下「松崎」という。)は、常男に対し、年利は融資する会社によつて相異があるが新聞広告の範囲内で大体おさまること、融資期間は最長二〇年であること、不動産抵当ローンは信販会社の保証により保険会社に対し融資斡旋をしていること、その時点で申し込むと同年一〇月一七日頃には貸付けが実行できること等と述べた。
そこで、常男は、六〇〇〇万円を借り入れて、そのうちから旭相互銀行からの借入金三五〇〇万円を返済し、残金二五〇〇万円をオノダの運転資金に当てたいと考え、松崎に対し担保に供する、原告オノダの工場及び敷地である本件各物件(第一物件は原告誠の、第二物件は原告久美子の、第三物件は原告オノダの各所有であるが、原告誠及び同久美子の両名は、常男の両親であつて、常男に原告オノダの経営を委ね、常男が本件各物件を担保にして原告オノダの事業資金を捻出することを予め承諾していたものであり、本件各物件は当時全く担保に供されていなかつた。)について説明し、本件各物件を担保に右金額の借入れは可能か否か及び毎月の返済金額について尋ねたところ、松崎が六〇〇〇万円の借入れに対しては本件各物件の担保力は十分であり、また毎月の元利金返済金額は概算で六〇万円位になると思う旨答えたので、常男は住宅協会に対し不動産抵当ローン(以下「本件不動産抵当ローン」という。)融資斡旋の手続を依頼することにした。
(三) ところで、信販会社の保証により保険会社から不動産抵当ローンの融資を受ける場合、融資希望者がその申込手続をする際の申込書の添付書類としては、印鑑証明書、住民票謄本、所得証明書(会社の場合は決算書)、担保に供する不動産の登記簿謄本及び字図が必要であつたが、権利証は必要ではなかつた(申込み後一ケ月位後に行なわれる融資申込者と保険会社との間の金銭消費貸借契約及び抵当権設定契約の締結の際に始めて権利証や登記手続委任状が必要となる。)。しかし、当時住宅協会が資金繰りのため金融業者の森田重茂から借り入れていた一六〇〇万円の返済期日が迫つていたので、時村は、原告オノダから本件各物件を担保に本件不動産抵当ローンの融資斡旋依頼があつたのを奇貨とし、暴力団三代目小桜一家兼崎組の兼崎潤一郎が鹿児島市天保山町で経営する金融業日兼開発株式会社(以下「日兼開発」という。)から、原告らの承諾を得ないで勝手に本件各物件を担保に入れ、金員を借り受けようと思い立ち、松崎に対し本件各物件の権利証も預かつておくように命じ、松崎はその場で常男に対し本件各物件の登記簿謄本、原告らの印鑑証明書、オノダの決算書のほか本件各物件の権利証も融資申込みの手続に必要だから準備するように指示した。
(四) 松崎は、同月二六日午前一一時ごろ、鹿児島市下荒田町の原告オノダの店において前日指示した前記各書類を常男から受取り、時村は、同日午後二時頃、日兼開発の事務所に右各書類のうち本件各物件の登記簿謄本を持参し、事務員の石原に対し本件各物件を担保に二〇〇〇万円の金借を申入れた。
石原は、そのときは余裕資金がないことを理由に時村の右申入れを断つたものの、本件各物件が日兼開発の近所の物件であることから、時村が帰つたあと、本件各物件を実地に見分してみて、大通りに面した土地とその地上建物で場所的にみて二〇〇〇万円の担保価値は十分あると判断し、同日夕刻時村に電話で、「担保をつける書類が全部揃えば二〇〇〇万円を貸付けてもよい」旨告げた。
(五) 時村は同月二七日午前一〇時頃日兼開発の事務所に前記登記簿謄本の他に本件各物件の権利証及び原告らの印鑑証明書を持参したところ、石原は、時村に、日兼開発借付の借用証書用紙一通、登記申請委任状用紙三通、白紙一枚を交付し、借用証書は、債務者を原告誠とし保証人を原告オノダとして、それぞれの名下に実印を押捺すること、原告オノダは法人であり、同原告が第三物件を担保に供しまた保証人になるためには全役員の承諾を必要とするから、右白紙により原告オノダの各役員の実印を押捺した議事録を作成すること及び登記申請委任状用紙には原告ら各自の実印を押捺することを指示した。
時村は住宅協会の事務所に帰り、松崎に対し、本件不動産抵当ローンの申込みに必要だということで、原告ら及び常男の実印を預かるよう命じ、松崎が電話で常男にそのことと「これから受取りに出向く」旨を告げると、常男は、「実印は大事なものだから、預けるわけにはいかないが、必要ならこちらから持参する」旨述べ、同日午前一一時頃住宅協会の事務所に原告ら及び常男の実印を持参した。松崎は、それらを受取り、石原の指示により、前記借用証書用紙の債務者欄に誠の実印を、前記各登記申請委任状用紙に各原告の実印を、前記議事録用の白紙に原告オノダの代表取締役印、同誠、同久美子及び常男の各実印を押捺し、その場で右各実印を常男に返還した。
時村は、そのあと松崎に右借用証書の債務者欄に誠の住所氏名を、保証人欄にオノダの本店所在地及び商号をそれぞれ手書させ、同日午後零時頃、日兼開発の事務所で、石原に対し、右借用証書、各登記申請委任状及び議事録用の白紙を交付し(そのとき、石原の指示により、時村は借用証書の金額欄に二〇〇〇万円と、借入日及び返済期日欄にそれぞれ昭和五八年八月二七日、同年一〇月二五日と、保証人欄に自己の住所氏名をそれぞれかき加えて捺印した。)、その場で石原から、一ケ月分の利息として一六〇万円(金利月八分)、登記手続費用として三五万円計一九五万円を控除した一八〇五万円を受領し、右金員のうちから一六〇〇円を前記森田に借入金の返済として交付し、残金を事務所の支払等に費消した。
(六) 石原は同月二九日鹿児島市照国町所在の折田至誠司法書士事務所に赴き、同司法書士に対し前記各登記申請委任状及び原告らの各印鑑証明書を交付して被告のため担保権設定の登記手続を依頼し、同司法書士は右各登記申請委任状に原告らの住所氏名その他必要事項を記載し、同月三一日右各登記申請委任状及び原告らの各印鑑証明書により本件各物件につき本件各登記を経由した(なお、石原が被告のために本件各登記を経由したのは、石原は長年被告から金融業を営む資金の融通を受けており、被告に対し当時約一五〇〇万円の債務があつたが、右のとおり時村に二〇〇〇万円を貸付けるに際し、被告から更に一〇〇〇万円を借増したので、被告に担保物件を確保させるために、石原の一存でしたものであり、時村も被告も本件各登記が被告のために経由されたことを知らなかつた。)
2 証人松崎正悟及び同時村健一は、常男に対し、本件不動産抵当ローンの融資金が交付されるまでの間のつなぎ資金を住宅協会で準備できる旨を話したところ、常男からつなぎ資金として二〇〇〇万円をなんとかしてほしいと依頼されたので、右依頼に基づき、つなぎ資金として右金額の融資を石原に取り次いだ旨供述するが、<証拠>によると右証人らは右二〇〇〇万円の金員に関する時村健一に対する詐欺被告事件においては、右のようなことは終始全く供述しなかつた事実が認められるうえ、前記1に認定したように、原告オノダが本件不動産抵当ローンによる融資を受けようとした経緯は銀行よりも有利な条件で融資を受けようとしたものであり、また本件各物件は当時金融機関などの担保に全く供されていなかつた、担保価値十分なものであつたことからすると、原告オノダが二〇〇〇万円の元金に対し、一ケ月一六〇万円もの高利の融資を受けようとするほど窮迫した状態にあつたとは考え難いから、右松崎らの供述は右事実及び判断に照らしにわかに信用することができない。
3 右1に認定の事実によれば、石原が被告の代理人として、時村が原告らの代理として本件各契約を締結したものではあるが、原告らが本件各契約締結の代理権を時村に授与したものではないことは明らかであり、また原告らは松崎を通じて本件不動産抵当ローン締結の代理権を時村に授与したものと目され、且つ石原は時村が原告らから本件各契約締結の代理権を授与されていたものと信じたとしても、石原は、時村が不動産抵当ローン等の融資斡旋の事業を営んでいたことを知悉しており、原告らが時村に本件各物件を担保とする本件不動産抵当ローンの申込みをした客であつて、その申込手続に関連して、時村が原告らから権利証等担保権設定登記に必要な書類を容易に入手し得ることを知つていたか少なくとも容易に知り得たはずであり(しかも石原が本件各登記申請委任状を時村から入手したときは、同書面には委任事項のみならず原告らの住所氏名も全く記載されてはおらず原告らの各実印のみが押捺されていたにすぎなかつたから、時村が本件不動産抵当ローンに関連して入手した原告らの実印を無断で同書面に押捺したことをなおさら容易に推測し得たはずである。)、貸出金額も二〇〇〇万円という高額であるのに、金利も月八分という不動産抵当ローンは著しくかけ離れた高率であり、さらに本件各物件は石原の勤務する日兼開発のすぐ近所に所在し、本件各契約締結代理権授与の有無を原告らに確認することは容易であつたから、金融業者である石原としては原告らに右の点を当然確認すべきであつたのに、あえて石原はそれをしなかつたのであるから、民法一一〇条所定の正当事由があるとはいいえないものとしなければならない。
4 したがつて、被告の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三そうすると、被告に対し、本件各物件について本件各登記の抹消登記手続を求める原告らの各請求は正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官下村浩藏)
物件目録
一 鹿児島市下荒田一丁目九番壱〇
宅地 六九・〇弍平方メートル
二 右同所九番九
宅地 八八・七七平方メートル
三 鹿児島市下荒田一丁目九番地、同番地壱〇
種類 店舗、作業場、居宅
構造 木造鋼板、セメント瓦葺二階建
一階 壱四四・四四平方メートル
二階 四八・〇参平方メートル
登記目録
一 鹿児島地方法務局昭和五八年八月参壱日受付第四〇壱五号条件付所有権移転仮登記
二 鹿児島地方法務局昭和五八年八月参壱日受付第四〇壱四号所有権移転登記
三 鹿児島地方法務局昭和五八年八月参壱日受付第四〇壱六号条件付所有権移転仮登記